つくる責任
震災から3年が経った、2014年の夏。
福島の南相馬へ行ってきました。
インターを降り、避難区域へと進んでいくと、見えてきたのは
出入り口を目張りされたホームセンターやコンビニ。
一見するとふつうでも、近づくと1階だけがもぬけの殻となった家屋。
その先には、基礎だけになった海沿いの街と、花を供える人たち。
そのあと、東京から来たご夫婦や、
石巻市を経由してきたひとに、
九州から飛行機に乗ってやってきたひと。
そんな方達とともに、線量計の示す数値の説明を受けてから
お引越しの荷物運びや、草刈りのお手伝いに励みました。
どこへ行ってもカメラを向ける気持ちになかなかならず、振り返ってみると
身につけていたゼッケンと、線量計が置かれた校庭の一角だけが写真に残っていました。
「実は地震のみでは人は死なないのである。人が死ぬのは、建築が倒壊するからで、それは建築家の責任でもあるのではないか。」
「つまりそれは、自然災害ではなく人為災害なのである」
震災の1年前、建築家の坂茂さんは著書「Voluntary Architects’ Network──建築をつくる。人をつくる。」でこう述べています。
私たちの負う責任は、命に関わることだけに留まりません。
怪我や病気、家族との不仲や、心寂しさ。
住まい手に起こる多くのことに、家の作り手の責任はあります。
土地選びをするとき。
プランを考えるとき。
使い勝手を考えるとき。
その時々に、そこに住まう人を思いやり、作り手の責任を心に置くこと。
それを忘れることのないように、毎年、あの日に見聞きしたことを思い返したいと思います。
鈴木孝明